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京都地方裁判所 昭和41年(ワ)1133号 判決

原告 小牧璋子

原告 山下清孟

右両名訴訟代理人弁護士 大錦義昭

右訴訟代理人弁護士 植松繁一

被告 吉原商品株式会社

右訴訟代理人弁護士 松浦孝一

主文

被告は原告小牧璋子に対し金一、〇四五、四四〇円、原告山下清孟に対し金一、〇一三、三三三円およびこの各金員に対する昭和四一年一一月一七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告両名の、その二を被告の各負担とする。

この判決は、原告ら勝訴部分に限り、原告両名において各金二〇万円の担保を供したときは、仮に執行できる。

事実

〈全部省略〉

理由

一、請求原因第一項の事実は、当事者間に争いない。

二、右の争いない事実に、〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1)  広川恭三は商品取引所の登録を受けた外務員であり、昭和四一年四月末頃から被告会社京都支店に勤務して一般顧客からの商品売買取引の委託を受けることの勧誘に従事していたが、当時、被告会社においては、各支店間で右取引委託証拠金の預り高を競争させ、その額の多少に基いて賞罰を行うような方法を採っていたので、外務員らも一般顧客から右証拠金を預ることに、多くの努力を払っていた。

(2)  原告山下は長年学校の教師を勤めたものであり、原告小牧は原告山下の娘で小牧靖夫(医師)と結婚し同居している。

(3)昭和四一年五月二三日頃、広川は前記勧誘のため、原告小牧方を訪れ、初対面の同原告に対し執拗に商品売買取引の委託を勧誘した。

このとき、広川は商品売買取引そのものの性質についての説明を充分にせず、ただ、同被告が保管している有価証券等を被告会社に預けてくれると、被告会社においてこれを運用して多額の利益をあげることができ、有価証券等自身の配当金等と合せて二重の利益を得ることができるなど商品売買取引を商品投資と称してその有利なることを説き、更に被告会社が預ったものは絶対安全であり銀行や郵便局に預けたと同様に元金を損するようなことはなく、このことは農林省が保証している等と、損失が出るかもしれないことは伏せて利益面のみを不当に強調して勧誘した。

広川の勧誘があまりに執拗なので、原告小牧は不安を感じ、夫の小牧靖夫が帰宅したときに相談する、と言って一度は広川を帰らせたが、同日午後四時頃、広川は再び同原告方へ来て、帰宅していた夫の靖夫と原告小牧に対して、前同様に有価証券等を被告会社に預けるよう勧誘した。当時、原告小牧及び夫の靖夫は、商品売買取引については、何らの知識も無かったので、広川の言うことを信用するようになり、有価証券等を被告会社に預ければ、多額の利益を得ることができ預けたものは絶対安全であると誤信し、とりあえず手許にあった別紙一覧表1の株券を広川に交付した。

(4)  その後二、三日たってから、広川は電話で原告小牧に対し既に預ったものから利益が出ていると告げ、その後同年同月三〇日頃に、原告小牧方へ来て同原告に対し、被告会社が預って運用するには一口金四〇万円となっているから、右株券の時価との差額金一四万円を出して欲しいと告げ、同被告から別紙一覧表2の金員の交付を受けた。

更に同年六月二三日頃、広川は原告小牧に対し預ったものから多額の利益が出ているからもう一口預けるように求め、同原告は広川の言を信用して別紙一覧表3の証券を交付した。

(5)  同年六月一〇日頃、広川は原告小牧の紹介により原告山下方を訪れ、原告山下に対して前記(3)同様に商品売買取引の委託の勧誘をし、同原告も原告小牧同様に誤信し、広川に対し別紙一覧表7、8の証券、債券を交付し、更に続いて同表9の証券を交付した。

(6)  広川は、原告小牧方或は同山下方へは、右以外にも度々訪れたが、被告が委任を受けたことになっている商品売買取引については、ただ利益が出ていると告げるのみで、その個々の取引について指示、承諾を求めることも、その結果を具体的に報告することもせず、同人の判断のみによって被告会社を通じて同年五月二五日頃から原告らの名義で豊橋乾繭の売買取引を継続し、この間、同年七月上旬、広川は原告小牧に対し利益金として金五万円を交付した。

被告会社においても、これを是認し、月一回程度、原告らに対し報告書を送付するだけであった。

(7)  このようにして経過している間に、原告ら名義の取引は、同年七月中旬頃に損計算となり、追証拠金を出して売買取引を継続して行くかどうかの羽目になった。

同年同月一六日頃、被告会社従業員大槻某が原告小牧方を訪れ、同原告に対し右のような事情を説明せず、ただ、今すぐに金七〇万円都合しなくては、同原告が先に預けた金品が帰って来なくなると告げたので、同原告は驚いて、その後間もなく別紙一覧表4の金員を大槻に交付し、更にその後間もなく、広川も同原告に対し同様に告げて更に金員を預けるように要求するので、同原告は先に預けたものが零になっては大変なことになると思い、同表5、6の金品を広川に交付した。

(8)  原告山下の関係においても右(7)記載と同様な事態になり、同年八月一六日頃広川は同原告に対しても原告小牧に対すると同様のことを告げ、結局原告山下も同小牧同様の考えから別紙一覧表10の金員を広川に交付するに至った。

(9)  ところが、原告ら名義の取引は結局において原告小牧の関係では同年九月一二日現在において金一、四〇四、四〇〇円、同山下の関係では同日現在で金一、〇二〇、八〇〇円の損計算となり、前記原告らが被告会社に預託した金品はすべて右損金の決済に充用され、原告らに返還されなくなり、原告らは、いずれも前記のように交付した金員相当の損害を受けた。

三、以上の認定に反する証人榊原秀雄、同政所宏昭、同阿部孝村の各証言部分は前記証拠と対比して信用できないし、口頭弁論に提出された全証拠を検討しても右認定を左右するに足るものはない。

四、(1) ところで、昭和四二年に改正される前の商品取引所法(以下旧法という)第九一条第一項によると、商品取引員(旧法では商品仲買人)が一般顧客から商品売買取引の委託を受ける場所を一定の営業所に限り、これ以外の場所で委託を受けることを禁止し、かつ委託の勧誘をなし得る者を商品取引所員自身又は自己が使用する一定の資格を有し登録を受けた外務員に限定し、これ以外の者をして委託の勧誘をさせることを禁止しているのであり、これらの規定に違反したときは刑罰に処する旨規定(旧法第一六一条第一号)され、これは、ほぼそのまま昭和四二年に改正された同法(以下新法という)にも受け継がれているのであり、これらの規定の趣旨目的は、不当な商品売買取引の勧誘又は受託を制限禁止するもので、この不当な勧誘又は受託の具体的内容とは、新法第九四条の規定に列挙されているようなものであると解せられる。もっとも、本件当時、新法第九四条の規定は未公布であったとはいえ、そのことの故に、同条の規定に反する方法による勧誘又は受託が旧法当時において許されていたとは、前記旧法の規定の趣旨からして、言うことはできない。

また、商品取引員は、売買取引の受託については取引所の定める受託契約準則によらねばならない(旧法第九六条)のであり、成立に争いない甲第四号証によれば、本件に適用ある受託契約準則にはその第三条、第一七条に包括的委託いわゆる一任売買を禁止する旨定めていることが認められ、このような方法による売買取引の委託を受けることが禁止されていることもまた言うまでもない。

以上の各規定は、行政的取締法規であるが、その目的は、商品売買取引に不馴れな一般顧客が、商品取引員又はその外務員、従業員らの行為により、不測の損害を蒙ることを防止し、個人の利益を保護することにもあると解すべきである。従ってこれらの法規に反する行為がありこれによって他人に損害を生ぜしめた場合においては、その行為は不法行為となると言わなければならない。

(2) そうすると前記認定事実のような方法による勧誘、すなわち原告らが商品取引について無知であるのに乗じ、売買取引の利益面のみを強調し、加えてその預託された取引委託証拠金は必ず返還されるようなことを言って勧誘したことは、まさに不当な勧誘と言うべきであり、この勧誘により原告らからいわゆる一任売買の委託を受けたことは、明らかに違法性のある行為と言うべきであり、このことは、前記認定事実二の(7)、(8)の委託追証拠金の関係においても変ることはない。そして、その結果、原告らにおいて前記認定のとおり被告に預託した売買取引委託証拠金は全部返還されないことになり原告らはこれに相当する財産上の損害を受けたのであるから、この損害は、被告又はその従業員の故意或は過失による前記違法行為を原因とするものと言わなくてはならない。

(3) なお、原告らは、被告又はその従業員の詐欺による不法行為を主張するけれども、本件の事実関係は、前記認定のとおりであり、被告又はその従業員が原告らの財産から不法な利益を得ようとの認識があったとは言えないから、右主張はその証明はなく、採用できない。

(4) そうすると、その余の原告ら主張事実を判断するまでもなく、被告は、自己又はその使用人の不法行為により生じた原告らの損害を賠償すべき義務があると言わなければならない。

五、よって、進んでその賠償額について考えるに、前記認定事実からして、原告小牧が蒙った損害は別紙一覧表1ないし6の時価相当額の合計金一、六一八、一六〇円から前記二の(6)記載の金五〇、〇〇〇円を控除した金一、五六八、一六〇円であり、原告山下の蒙った損害は同表7ないし10の時価相当額の合計金一、五二〇、〇〇〇円であると認められる。

ところで、被告が主張するいわゆる過失相殺の点について考えるに、前認定のように、原告らは今まで何の関係もなかった初対面の広川の言のみを信用して、他に何らこれを確める方法を採ることなく次々とその金品を交付していったのであり、もし、原告らにおいて当初被告側から交付されていた甲第三号証の契約書なりとも、これを熟読検討する労をいとわなかったならば、原告らと被告の関係が如何様なものであるかは、およそ予想し得たのではないかと考えられる。ことに原告らがいずれも前認定のように通常人より高い教養のある者であること等を考えると、原告らがただ広川の言のみを信じて、本件のような結果を招来したことは、原告らに自己の財産保全について不注意があったと言わざるを得ず、これは損害賠償額の算定につき斟酌すべき事情と言うべきである。

右事情を斟酌すれば、被告の賠償額は前記原告らの各損害額からその三分の一に当る額を控除した額、すなわち原告小牧については金一、〇四五、四四〇円、原告山下については金一、〇一三、三三三円と認めるのが相当である。

六、よって、原告らの本訴請求は、右認定の金額及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四一年一一月一七日以降の民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度においては理由があるからこれを認容し、その余の分は理由がない

〈以下省略〉。

(裁判官 石井玄)

〈以下省略〉

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